伝道する教会は、「伝道する言葉」を必要とします。教会は福音を伝道する言語について敏感でなければならないでありましょう。また、教会がおかれている現代世界の深刻な状況をとらえるには大雑把な議論では事柄がはっきりしません。そこでかなり専門的な議論に踏み込む必要があります。前回にとりあげて問題点を指摘したのは「ロマン主義的言語観」でした。それは「ロマン主義的言語観」が引き起こしている問題といってもいいかもしれません。言語の背後に「本質(福音)」が隠れており、言語はその本質を表現する手段であり道具であるという言語観です。この言語観においては、価値があるのは「本質」であり「真理」であって言語は運搬手段のように扱われることになります。このような幻想とでもいうべき言語の実態が明らかになったのが20世紀の思想史的事件と呼ばれる「言語論的回転」においてです。「言語論的回転」は、「思考の枠組み(パラダイム)」の転換という事件ですから、好むと好まざるとにかかわらず思想や言語を扱う領域では受け入れざるをえません。ところが日本のキリスト教会は、この思想史的事件を避けていると思われるような現実があります。学問としての説教学は、1980年代にはこの問題に取り組み始めています。筆者が1980年代中庸にハイデルベルク大学でルドルフ・ボーレン教授の助手として過ごしていた時期は、もっぱらこの問題が説教学のテーマになっていました。1986年にハイデルベルク大学を会場に「国際説教学会」の第一回目が開催されたのですが、その主題は「説教への道としての説教分析」でした。「説教分析」は、説教をいかに作成するかという関心ではなく、そもそも説教とは何か、説教という固有な言語作品にどのように学問的に取り組むことができるかという説教学の基礎構造を問題にしていました。説教学にとっての言語論の問題は、医学にとっての生理学のような位置づけになります。すなわち生理学は医学の基礎構造そのものであり構造的基盤であると言われています。医学界において、生理学は臨床治療の役に立たないから医者にと言って何の意味もないという医者はいないと思います。ところが説教学と言語論の関係が、医学と生理学のような関係にあることは、日本のキリスト教会ではなかなか受け入れてもらえませんでした。筆者は1986年にハイデルベルクから帰国し、東京神学大学で神学教師として説教学を担当し始めました。帰国後すぐに「説教分析論」に関する論文「説教の始め方に関する二つの命題」(論文集『人類・文明の救済とキリスト教』聖文舎、1986年に所収)を発表しました。この論文は日本語で書かれた最初の「説教分析論」ですが、国内では「説教を分析して何の役に立つのか」「説教作成に役立たない説教分析など何の意味があるのか」というのが大方の反応でした。説教の作成に役立つことが説教学の使命であるという観念構造が強固にあるために、そもそも「説教とは何か」という説教の基礎構造に対する関心が持てないためであると思われます。「言語論的回転」を思想史的事件として避けている実態を映し出している事例をもう一つあげてみたいと思います。それは「説教と文学」というテーマをめぐる研究です。「説教と文学」というテーマは、「言語論的回転」の以前と以後とではその意味するところが異なります。「言語論的回転」以降においては「文学とは何か」が言語論的視野で探求されます。すなわち多くの言語作品がある中でそれが「文学」と規定される言語活動の固有な特筆は何かが探求されます。「文学」には「文学を文学たらしめる固有な言語」あるいは「言語活動」があるのでそれを解明する研究が「文学とは何か」というテーマが意味しているところです。このような言語論的探求の枠の中で「説教と文学」というテーマが設定されます。そうしますと、そこで探求すべき問題は「説教を説教たらしめる言語活動」と「文学を文学たらしめる言語活動」の関係を論じることになります。「言語論的回転」以降においては「説教は文学として成立するか」というテーマは、「言語論的回転」の以前の論じ方と全く違う論じ方になります。たとえば日本国内でも2008年に『文学としての説教』という書物が出版されていますが、その論じ方をみれば「言語論的回転」の以前か以後かは一目瞭然です。このように「言語論的回転」という思想史的事件の後からは「説教とは何か」というテーマが言語論的に論じられるようになりました。その大きな背景には、キリスト教会の説教が現代世界の文脈で力を失っている現実があります。説教学はそもそも説教とはなにかという基礎構造にまで踏み込んで探求することの必要を自覚させられたと言えます。「説教とは何か」を言語論的領域で探求する方法の必然性を明らかにしてみたいと思います。そこで「説教とは何か」という話をわかりやすくするために同じ問題を隣接領域に平行移動して紹介してみます。「絵画とは何か」を論じてみたいと思います。近代絵画の概念規定をめぐる議論において、絵画理論に大きな影響を与えたフランスの美術理論家モーリス・ドニ(Maurice Denis, 1870–1943)は、下記のようにその概念を規定します。
絵画とは、軍馬や裸婦や逸話である以前に、ある秩序のもとに配列した色によって覆われた平らな面である。」(雑誌『Art et Critique』1890年)
「絵画とは、色の配置と筆の痕跡によってつくり出される作品である。」というモーリス・ドニの絵画観は、それ以前と以降を区分する画期的主張となりました。それ以前の絵画観によれば、絵画の四角い画面は、その向こう側に展開する世界を見るための「窓枠」であって、見るべき歴史、人間、逸話は窓枠の向こう側にある、と考えられていたからです。絵画とは、作者の表現したい内容の表現手段であり、表現手段とは作者のとらえた「あるもの」を観賞者へと運ぶ運搬手段であると考えられていました。このような考え方においては、絵画という「媒体」の位置づけができません。色の配置や線の構成という「媒体の形式」そのものは、作者の考え、イメージの「運搬手段」であり、ただの「道具」ということになります。もし絵画が作者の思想やイメージの伝達手段であるならば、絵画という「媒体の形式」そのものには固有の意義がなくなります。問題は絵画とは、ただの「窓枠」であるか。一人の画家が、この世界の現実を優れた感性で感じとり、絵画という手段でこの現実を切り取り、四角い画面上に描き出したとき、その四角い画面上に描かれた「絵画なるもの」は世界を切り取るための「手段」なのか、という問題です。
モーリス・ドニの定義は、人が絵画を見ている時、窓枠は透明であり、向こう側の世界を見ていると仮定するとしても、その窓枠の中に描かれた景色、人物、世界は実は「壁に描かれた窓」であって、媒体は透明でないことを強調したと言えます。絵画は透明な窓枠ではなく、それ自身が作品である。媒体そのものが固有の意義をもつことを素通りして、窓の向こう側の世界を論じることはできない。色の配列には固有の秩序があり筆の痕跡には観る者に効果を生じさせる「仕掛」が内在している。画面上に実現している作品の価値をぬきにして、絵画の芸術的価値を論じることはできないことをモーリス・ドニは明確に指摘しました。モーリス・ドニは近代絵画の核心をそのように言語化しました。
それでは絵画における定義を「説教とは何か」という課題に平行移動をしてみるとどうなるでしょうか。
「説教とは、ある秩序のもとに配列した音と意味を構成する言葉の連鎖である。」
この説教定義の強調点は、説教は「窓枠」でない、という点にあります。説教もまた人間の言語活動であり「透明な媒体」ではありません。説教は、ひとまず言語行為としてとらえることができます。説教をひとまず言語による生成物としてとらえることにより、説教における「言語という媒体」の固有の意義を論じることができるからです。もちろん説教をひとつの言語作品としてとらえ、「言葉の連鎖」を構成する言述の仕組みを解剖すれば、説教という言語作品の謎がすべて解明できるわけではありません。しかし、「説教とは何か」を解明する多くの説教学的手続きのひとつに、説教者から切り離された説教の位置を明確にする視点を欠かすことはできません。とくに、説教の言葉がどのように、聞き手に受けとめられたかという観点に立ち、説教の言葉が、なぜ聞き手の思想、人生に重大な影響を与えるのか、という実態の解明には、説教をひとまず徹底的に言語作品としてとらえる視点がどうしても必要になります。説教の聞き手に及ぼす影響を観測、測定し、受容効果を論じるには、聞き手が説教の言葉をどのように受容したかが課題になるからです。
説教を説教者の意図から切り離し、聴き手の観点から説教の言述(言葉の連鎖)を考察の対象にするとき、説教を構成している言述が実現している価値を受容することが可能になります。言語の背後に「真理」や「本質」がある、というロマン主義的言語観を前提とした説教理解は、20世紀の言語思想によって成り立たなくなりました。同じことを別の表現で言えば、説教者があらかじめとらえた福音の真理を言語という手段によって聴き手に届けるという説教理解も成り立たないことになります。言語の背後に本質があるという前提が崩されてしまったからです。(つづく)